五郎兵衛飴本舗
創業800年
福島県会津若松市行仁町12-12
0242-22-3686
38代目五郎兵衛 長谷川久雄
事業内容:飴菓子製造
自然な甘さと美しい飴色。800年、変わらぬ製法の「五郎兵衛飴」
材料はもち米と麦芽と寒天のみ
会津若松市内で飴菓子を製造する「五郎兵衛飴本舗」。創業800年という歴史を持つ老舗です。

800年前から続く「五郎兵衛飴」の色は、まさに「飴色」。琥珀のような透き通る輝きをもち、食感はゼリーとグミの中間のような柔らかさ。材料はもち米と麦芽と寒天のみ。昔から変わらぬ製法で作られ口に入れると自然な甘さが広がります。
(写真:武蔵坊弁慶が描かれた五郎兵衛飴)
歴史とともに受け継がれてきた「五郎兵衛飴」
変わらぬ味と製法を守るのは38代目五郎兵衛・長谷川久雄さん。
長谷川家の系図書によると、長谷川家は、前九年の役に八幡太郎義家にしたがい下向し土着したとされ、飴業を業としたのは、治承年間と伝えられています。

また、長谷川家に伝わる武蔵坊弁慶自筆の賞状は、文治4(1189)年4月2日、源義経公が平泉落ちの途中に立ち寄り、飴を所望した際の代金の借証文として伝えられているもの。包装紙にはそうした由来から武蔵坊弁慶が描かれています。

約400年前には、旧会津藩の御用商人として飴を供していた五郎兵衛飴。「御判板」という城内通行証が今も残されています。当時、飴は大変高級なもので、一般庶民は「ハレ」の日にしか口にすることができなかったそうです。
(写真:38代目五郎兵衛 長谷川久雄さん)
ずっと変わらない。作り方は800年前と同じ
飴づくりは午前3時頃から始まります。もち米と麦芽を合わせて糖化させ、袋に入れて絞り、じっくり煮詰めます。寒天と合わせて乾燥。手で切り、一つひとつ手作業で大切に包装します。
年末年始と十日市でのみ販売される「水あめ」は、夏場は溶けてしまうため、冬場にしか食べることができない限定品。「切らず」とも言われ、「良縁を切らない」とされる縁起ものです。

800年間、同じ製法で作り続けられてきた「五郎兵衛飴」。会津の風土の中で育まれてきた老舗の味は、広く庶民に愛され、親しまれています。
平成24年4月取材
(写真:長谷川家に伝わる御判板)
(写真下:国主蒲生公から渡された御判板を記した古文書)