笹の川酒造株式会社
笹の川酒造株式会社
創業:明和2(西暦1765)年
福島県郡山市笹川1丁目178
024-945-0261
代表取締役:山口哲司(初代浅之丞宗友より十代)
事業内容:清酒、合成酒、甲類焼酎、乙類焼酎、ウイスキー、スピリッツ、リキュール等製造
HP http://www.sasanokawa.co.jp/
創業二百四十年余。伝統を愛し新しい可能性に挑む
蔵の壁一部崩落、タンクの傾きは数え切れず
1月。冷たく澄んだ空気の中を、ふくよかな香りが漂う。酒造会社は清酒造りの最盛期を迎えていました。福島県郡山市で清酒や焼酎などを製造する笹の川酒造(山口哲司代表取締役)。仕込んでいたのは大吟醸。手が切れるほど冷たい水で、大切に研がれていた米は山田錦。大吟醸酒の好適米です。厳しい冬を乗り越え、愛される日本酒が誕生しています。

創業明和2(1765)年。二百四十年余り続いた酒蔵を襲った東日本大震災は、多くの被害を残していきました。空に高々と伸びていた煙突は上部が崩れ落ち、蔵の壁が一部崩壊。貯酒タンクの傾きは数え切れませんでした。また、蒸気配管が一部破断。洗瓶機のラインがずれ、商品の破損は600本にのぼりました。震災直後は建設資材が不足したため復旧も滞り、社員一丸となって手作業でがれきを撤去。生産できる状態になっても、取引先が被災していたため、しばらくは出荷できない状態でした。

当時、郡山市の複合コンベンション施設「ビッグパレットふくしま」に避難していた福島県民は、約2500人。近隣では郡山市の県立郡山北工業高校、須賀川市の須賀川アリーナも避難者であふれていました。まだ冷え込みの厳しい3月。笹の川酒造は避難者に、酒粕でつくった甘酒を配りました。「まるで戦時中のようだった」と山口社長は当時を振り返ります。笹の川酒造はその後、郷土「ふくしま」のため、様々な復興応援策を展開します。
(写真:山口哲司代表取締役)
復興義援金付商品を発売
被災地の1日も早い復旧・復興を願い、復興義援金付「笹の川 純米酒」「笹の川 辛口」を販売。美しすぎる書道家・涼風花さんがデザインした、義援金付商品「甘にごりなお酒 花明かり」、東日本大震災復興応援ソング・ave(エイブ)の「福の歌」とコラボした震災復興応援酒「笹の川 純米 福の歌」など、次々と新商品を発売します。

2011年春季全国酒類コンクール「その他焼酎部門」で、笹の川酒造のかぼちゃ焼酎「黄色いハート」が第一位に輝きました。一時は1万本を生産していましたが、材料のカボチャは福島県浜通り地方産。震災以降、原料としていたカボチャが手に入らなくなり造れない事態に。また、原発事故による放射能の不安から、平成23年度は、梅酒を作る人や柿の渋抜きをして食べる人が減り、梅酒や渋抜きに用いる焼酎の販売が打撃を受けました。ルート拡販のため海外進出を検討していた矢先の原発事故。海外へのルートも絶たれます。笹の川酒造が扱う原料からは、一切、問題となるようなものは検出されていません。「大丈夫と言い続けるしかない」。山口社長は苦しい胸のうちを語りました。
しなやかに対応する力が広げる可能性
福島県内の酒造会社は、風評被害という目に見えないものに苦しめられています。福島県伊達市の特産品「モロコシ」を主原料とした焼酎「白根万歳(しらねまんざい)」。「豊かな白根の里づくり推進協議会」が、鹿児島県の蔵元に製造を委託していましたが、本年度は放射線の影響を理由に、製造見送り案を提示されました。笹の川酒造は「白根万歳」の製造を引き受け、仕込みをおこなっています。
常に原発という壁が立ちはだかります。「とにかく安全。変な噂に惑わされないでほしい」。山口社長は力を込めました。

笹の川酒造が発行する小冊子「笹の川読本」にはこう記されています。「『笹の川』の由来は、
古来酒々(ささ)と呼ばれた日本酒。
だから、どんなに強い風にも負けない
しなやかな笹のような蔵元でありつづけます」。

強い風にしなやかに対応し、新しい可能性を広げる。
水に恵まれ、風土に恵まれ、郷土で培われた笹の川酒造の酒。山口社長は、伝統を受け継ぎながら、近代的設備を生かし、挑戦を続けています。
平成24年1月取材
(写真下:左から「笹の川 純米 福の歌」「甘にごりなお酒 花明かり」「笹の川 純米吟醸 桃華」)